テーマ:さくら

哲学の道の桜

京都市左京区の東山山ろくをゆったりと流れる疎水。琵琶湖の水を京都へ運び、さらに疎遡上し松ヶ崎まで駆け上がる水道です。 春は桜の並木道、夏はほたるの舞う水道、秋は紅葉に染まるせせらぎです。京都人を和ませ元気づける生活の水道なのです。 撮影は2014年4月2日午前8時30分ごろです。 こちらをクリックしたいただくとほかの写真もご覧…
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海津大崎のさくら

海津大崎の桜は「日本のさくら名所100選」に選ばれています。 びわ湖岸4キロメートルにわたり800本のソメノヨシノがさくらのトンネルをつくります。遅咲きのさくらとして知られ、今年は(2013年)4月13日が満開となりました。 海津大崎は琵琶湖八景「暁霧・海津大崎の岩礁」としても知られる景勝地です。 JRマキノ駅前からレンタサイクル…
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京都高瀬川のさくら

高瀬川という名前は,輸送に高瀬舟とよばれる平底の舟が用いられたためにつけられた名で、角倉了以(すみのくらりょうい)とその子素庵(そあん)の協力により開かれた運河で角倉川ともいわれています。 高瀬舟は基本的に物資を運搬しましたが,島流しの罪人や,稲荷の初午詣での人々も運びました。森鴎外(もりおうがい)の小説『高瀬舟』には,罪人を輸送…
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京都南禅寺 野村碧雲荘のしだれ桜

仕事が終わってからカメラを抱えていくわけで毎年逆光の撮影となっていました。 今年こそは、と構えていましたが今日は好天に恵まれました。朝5時起き、南禅寺へまっしぐら、既に先客がいらっしゃいました、脱帽です。6時30分ごろから明るくなり撮影開始です。 手ごたえは充分にあり、よい写真が撮れました。朝起きは3文の徳、とはよくいったもので…
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嵯峨嵐山のさくら

嵐山は、本来地名としては西京区(桂川の右岸)を指し、左岸は右京区嵯峨だそうです。嵯峨地区を含めた渡月橋(とげつきょう)周辺全域を一まとめに嵐山とずっと思っていました。 嵐山は平安時代に貴族の別荘地となって以来、京都の代表的な観光地となりました。嵐山の中心部を流れる桂川にかかる渡月橋は嵐山の象徴になっています。 中之島公園の桜は華…
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嵐電北野線のさくら

嵐山は桜や紅葉の名所です。京都市街の西に位置し、平安時代に貴族の別荘地となって以来、京都の代表的な観光地となっています。嵐山の中心部を流れる桂川にかかる渡月橋は嵐山の象徴になっており、渡月橋をはさんで上流が大堰(おおい)川で、下流から桂川となっています。JR山陰線の北側には嵯峨野と呼ばれる観光地が広がっています。 多くの観光客と花…
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京都鴨川のさくら

鴨川は昔から氾濫を繰り返す暴れ川といわれていました。これは大都市を流れる河川としては勾配が急であることに加え、平安京造営時に北山の木が伐採されたこと、市街地の東への拡大にともない河原が市街地化したことなどが原因といわれています。 現在は、大都市にしてはきれいな水流を保ち、両岸の建築物高さ制限などによって美観が保たれています。京都市…
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祇園白川のさくら

祇園の北側を流れる白川沿いは花街風情を色濃く残す界隈です。新橋、巽橋あたりから西、南へ延びる路地には老舗の料亭や、お茶屋が軒を並べる風情ある町並みが続いています。この周辺地区は祇園新橋伝統的建造物群保存地区に指定されています。 白川は比叡山から如意ケ岳にかけての東山北部の谷から水を集め、北白川で京都盆地に顔を出し、南行して岡崎へと…
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京都『哲学の道』のさくら

普段はゆったりと思索にふけりながら歩くのに最適な疏水沿いのこの道は、哲学の道とわれます。 若王子神社から銀閣寺までの琵琶湖疎水沿い 2km程の小道で、哲学者/西田幾多郎博士が愛し散策した事からその名がつけられたということです。 桜並木は日本画家/橋本関雪(白沙村荘)奥さんが画伯の絵が売れた時に桜の苗木を買い求めて、当時は荒れ地の…
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近衛邸跡のしだれざくら

五摂家の一つ、摂政や関白を多く出した近衞家の邸宅跡で、御苑北西部に枝垂れ桜の大木が約30本植わっています。天皇に次ぐような高貴なお方の邸宅跡で、現在の私たちは桜を見ることができます。 明治維新までは、ここに大きなお屋敷があったということで、今では建物は何もなく邸内の庭園の一部だった池が残るだけです。 御苑で一番早く咲き始める桜で…
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同志社大学アーモスト館のさくら

アーモスト館は、同志社の創設者である新島襄の母校・アーモスト大学と同志社大学との交流のシンボルとして建てられたものです。4本の煙突とマンサード屋根、白いローマウィンドウがアクセントになって、おとぎばなしに出てくる家のようです。 資金はアーモスト大学の学生の母親やアーモスト大学の卒業生からの寄付によるものだそうです。 ニューイング…
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よみがえった京都堀川遊歩道

堀川は普段は水がなく合流式下水道の雨天時の放流先としてコンクリートで底打ちされた水路というなんとも風情がないものでした。 この堀川に清流を復活させた水辺空間として、まちづくりと一体となった堀川遊歩道です。 北は一条戻橋から南は押小路まで4kmが改修され水が流れるようになりました。。 昔は、友禅流し、子供達の水遊びなど市民に親し…
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